JRA賞年度代表馬を辿る(其の捌)-ナリタブライアン(1991.5.3)-

ナリタブライアン 牡 黒鹿毛 1991.5.3生~1998.9.27没 新冠・早田牧場新冠支場生産 馬主・山路秀則氏 栗東・大久保正陽厩舎

ナリタブライアン(1991.5.3)の4代血統表
ブライアンズタイム
黒鹿毛 1985.5.28
種付け時活性値:1.25
Roberto
鹿毛 1969.3.16
Hail to Reason
黒鹿毛 1958.4.18
Turn-to 1951
Nothirdchance 1948
Bramalea
黒鹿毛 1959.4.12
Nashua 1952.4.14
Rarelea 1949
Kelley’s Day
鹿毛 1977.5.11
Graustark
栗毛 1963.4.7
Ribot 1952.2.27
Flower Bowl 1952
Golden Trail
黒鹿毛 1958.3.5
Hasty Road 1951
Sunny Vale 1946
パシフィカス
鹿毛 1981.5.29
仔受胎時活性値:0.25
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
種付け時活性値:0.75
Nearctic
黒鹿毛 1954.2.11
Nearco 1935.1.24
Lady Angela 1944
Natalma
鹿毛 1957.3.26
Native Dancer 1950.3.27
Almahmoud 1947.5.18
Pacific Princess
鹿毛 1973.5.10
仔受胎時活性値:1.75
★Damascus
鹿毛 1964.4.14
種付け時活性値:0.00
Sword Dancer 1956.4.24
Kerala 1958.5.12
Fiji
栗毛 1960
仔受胎時活性値:1.00
Acropolis
栗毛 1952
種付け時活性値:1.75
Rififi
栗毛 1954
仔受胎時活性値:1.25

<5代血統表内のクロス:なし>

ナリタブライアン(1991.5.3)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ブライアンズタイム
(Roberto系)
Northern Dancer
(Nearctic系)
Damascus
(Sword Dancer系)
Acropolis
(Blenheim系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
Acropolis
(Pacific Princess)
4.25 半兄ビワハヤヒデ
(No. 13-a)
5番仔
(4連産目)

*

第45回朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティS、GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 8 ナリタブライアン 牡2 54 南井克巳 1:34.4    35.7 456
[+4]
大久保正陽 1
2 9 フィールドボンバー 牡2 54 柴田善臣 1:35.0 3 1/2 36.6 446
[-6]
山内研二 6
3 4 トラストカンカン 牡2 54 田中勝春 1:35.7 4 36.8 466
[+6]
河野通文 8
4 1 ランセット 牡2 54 蓑田早人 1:35.8 1/2 37.8 438
[+2]
久恒久夫 12
5 3 イナズマタカオー 牡2 54 大崎昭一 1:35.9 3/4 37.0 438
[+2]
日迫良一 11

1993年の第45回朝日杯3歳S。京都3歳S(当時OP。現京都2歳S、GIII)をレコード勝ちして挑んだ、2歳(現年齢表記)王者決定戦。前年2着に敗れた兄ビワハヤヒデ(1990.3.10)の仇を討つ形になりましたが、自身の鞍上が兄を破ったエルウェーウィン(1990.2.24)の鞍上でもあった南井騎手だったことは、運命のイタズラだったのでしょうか。勝ち時計の1分34秒4はマルゼンスキー(1974.5.19)、アイネスフウジン(1987.4.10)に並ぶ、当時歴代2位の好タイムでした。

第54回皐月賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 1 ナリタブライアン 牡3 57 南井克巳 1:59.0レコード 35.8 460
[0]
大久保正陽 1
2 7 サクラスーパーオー 牡3 57 的場均 1:59.6 3 1/2 35.7 470
[-2]
平井雄二 9
3 16 フジノマッケンオー 牡3 57 武豊 1:59.7 3/4 35.6 494
[-10]
中村好夫 6
4 6 ドラゴンゼアー 牡3 57 加藤和宏 1:59.7 クビ 36.5 500
[-2]
中尾謙太郎 12
5 8 トニーザプリンス 牡3 57 坂井千明 1:59.8 1/2 36.2 522
[-8]
沢峰次 7

1994年の第54回皐月賞。年が明けて共同通信杯4歳S(現共同通信杯、GIII)を4馬身差、スプリングS(GII)を3馬身2分の1差と連勝を続けて挑んだ、牡馬クラシック初戦。やはり前年2着に敗れた兄の雪辱をはらす結果となりました。その勝ち時計1分59秒0は、兄を破ったナリタタイシン(1990.6.10)が記録した皐月賞レコードを1秒2、スダビート(1986.4.10)のコースレコードを0秒5も更新しました。前半1000mを58秒8というハイペースで通過したにせよ、3歳春のサラブレッドが1分59秒フラットで中山芝2000mを勝ち切ったことは、1994年当時では衝撃的でした。

*

第61回東京優駿(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 17 ナリタブライアン 牡3 57 南井克巳 2:25.7    36.2 468
[+8]
大久保正陽 1
2 4 エアダブリン 牡3 57 岡部幸雄 2:26.6 5 36.9 466
[-2]
伊藤雄二 4
3 5 ヤシマソブリン 牡3 57 坂井千明 2:26.9 2 36.7 458
[-2]
松山康久 10
4 1 フジノマッケンオー 牡3 57 武豊 2:26.9 ハナ 37.2 488
[-10]
中村好夫 5
5 15 ノーザンポラリス 牡3 57 的場均 2:27.1 1 1/4 37.2 446
[+4]
森秀行 7

1994年の第61回東京優駿。兄が2着に敗れたレースをことごとく勝ってのGI3勝目が競馬の祭典となりました。レースを改めて見直すと、砂煙が舞う馬場。戦前にはダービーレコードの更新も期待されましたが、サスガのナリタブライアンでも史上3位の2分25秒7まで。しかし、それでも2着エアダブリン(1991.4.21)を5馬身置き去り。これは最後100mほどで着けたのではないでしょうか。抜け出してからの脚の速いこと速いこと。ゴール後、南井騎手が左腕と右腕を交互に突き上げてのガッツポーズ。そして、勝利騎手インタビューで初めて南井騎手の口から「3冠」が発せられました。

記録を辿れば、ナリタブライアンが東京優駿を制したのは、1994年5月29日。ナリタブライアン、母パシフィカス満13歳の誕生日を、GI勝利で祝ったのでした。

*

第55回菊花賞(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 4 ナリタブライアン 牡3 57 南井克巳 3:04.6レコード 34.3 470
[0]
大久保正陽 1
2 12 ヤシマソブリン 牡3 57 坂井千明 3:05.7 7 35.6 464
[+2]
松山康久 2
3 8 エアダブリン 牡3 57 岡部幸雄 3:05.8 3/4 35.2 474
[+2]
伊藤雄二 3
4 13 ウインドフィールズ 牡3 57 東信二 3:05.9 3/4 36.1 482
[+6]
谷原義明 5
5 1 スターマン 牡3 57 藤田伸二 3:05.9 クビ 35.5 480
[+12]
長浜博之 4

1994年の第55回菊花賞。「弟は大丈夫だ!!」。前週の第110回天皇賞・秋(GI)における兄の故障発生を受けて、関西テレビの中継では杉本清アナウンサーが最後の直線で叫ばれました。JRA史上5頭目の牡馬3冠馬誕生の瞬間でした。小雨降る淀の芝3000m、稍重の勝ち時計3分4秒6は前年の兄の記録をコンマ1秒破るコースレコード。私は、前走の京都新聞杯(GII)でスターマン(1991.5.12)の2着に敗れた姿を見て、「あらら、3冠ピンチかいな」と思いました。が、本番では1頭だけ次元の違う脚を繰り出して、有無を言わさぬ7馬身差圧勝。ひと叩きの効果というものを、ナリタブライアンのおかげで学びました。

しかし、無人の野を行く強さ。私の競馬者としてのキャリアの中で、菊花賞を勝った馬でもっとも強いと思わせてくれたのは、今を以てナリタブライアンです。

*

第39回有馬記念(GI)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 11 ナリタブライアン 牡3 55 南井克巳 2:32.2    34.8 476
[+6]
大久保正陽 1
2 8 ヒシアマゾン 牝3 53 中舘英二 2:32.7 3 35.2 478
[-2]
中野隆良 6
3 10 ライスシャワー 牡5 56 的場均 2:33.1 2 1/2 35.3 452
[+10]
飯塚好次 4
4 6 アイルトンシンボリ 牡5 56 岡部幸雄 2:33.2 1/2 35.6 500
[+12]
畠山重則 3
5 9 ナイスネイチャ 牡6 56 松永昌博 2:33.3 クビ 35.4 502
[+4]
松永善晴 11

1994年の第39回有馬記念。年末の大一番となった一戦、ナリタブライアンはここでも圧倒的な強さを見せ、2着ヒシアマゾン(1991.3.26)に3馬身差を着けて勝利しました。これで年間GI4勝を達成。やっぱり強かった。他の馬にはどうしようもなかった。

*

まさか満3歳時の有馬記念がナリタブライアンにとって最後のGI勝利になるとは、誰も思っていなかったでしょう。ケタ違いの能力がいちばん現れたレースは、その有馬記念の次走、満4歳初戦となった1995年の阪神大賞典(GII)だったと思います。

これが「真のナリタブライアン」における、最後のレースでした。翌1996年の満5歳時の阪神大賞典、マヤノトップガン(1992.3.24)との一騎打ちが「平成の名勝負」と言われます。けれど、本当は、共にレースを走った馬に「まったく勝負をさせない走り」を見せたのが、全盛期の「真のナリタブライアン」でした。

*

ナリタブライアン。ターフの上では誰よりも速く駆けた最強馬は、天に駆けて行くのも早すぎました。

満7歳秋、1998年9月27日、胃破裂により死亡。

短くとも、太く雄々しく生きた孤高の3冠馬、ナリタブライアン。

「桃、紫山形一文字」の勝負服を乗せ、白いシャドーロールを着けた黒鹿毛の最強馬は、人々の心の中で、永遠に駆け続けます。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。