平成元年のJRAクラシック勝ち馬を辿る(其の弐)-ドクタースパート(1986.4.29)-

(父)(地)ドクタースパート 牡 鹿毛 1986.4.29生~2011.10.28没 新冠・須崎光治氏生産 馬主・松岡悟氏 北海道・成田春男厩舎→美浦・柄崎孝厩舎

ドクタースパート(1986.4.29)の4代血統表
ホスピタリテイ
黒鹿毛 1979.5.16
種付け時活性値:1.50

テユデナム
黒鹿毛 1970.2.21
Tudor Melody
黒鹿毛 1956
Tudor Minstrel 1944.2.16
Matelda 1947
Heath Rose
鹿毛 1964
Hugh Lupus 1952.2.25
Cherished 1955
トウコウポポ
黒鹿毛 1969.4.21
アイアンリージ
鹿毛 1954.3.11
Bull Lea 1935.3.11
Iron Maiden 1941
フジチヨ
黒鹿毛 1964.5.9
スコツト 1954.5.26
フヂチヨ 1956.5.6
ドクターノーブル
栗毛 1980.5.28
仔受胎時活性値:1.25
タケシバオー
鹿毛 1965.4.23
種付け時活性値:1.50
チヤイナロツク
栃栗毛 1953
Rockefella 1941
May Wong 1934
タカツナミ
黒鹿毛 1958.3.10
ヤシママンナ 1950.4.3
クニビキ 1951.10.3
ロダンエーコ
栃栗毛 1972.4.26
仔受胎時活性値:1.75
ロダン
栗毛 1956
種付け時活性値:1.75
Supreme Court 1948
Romanella 1943
パルスター
鹿毛 1966.4.3
仔受胎時活性値:1.25
シプリアニ
黒鹿毛 1958.3.4
種付け時活性値:1.75
ロンジー
黒鹿毛 1954.3.25
仔受胎時活性値:0.75

<5代血統表内のクロス:なし>

ドクタースパート(1986.4.29)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ホスピタリテイ
(Owen Tudor系)
タケシバオー
(Hyperion系)
ロダン
(Hurry On系)
シプリアニ
(Nasrullah系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
ロダン
(ドクターノーブル)
5.00 ハイセイコーと同牝系
(No. 12-g ダルモーガン系)
2番仔
(2連産目)

*

1989年の第49回皐月賞(GI。中山芝2000m)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 19 ドクタースパート 牡3 57 的場均 2:05.2    38.2 434
[-16]
柄崎孝 3
2 11 ウィナーズサークル 牡3 57 郷原洋行 2:05.3 1/2 37.7 482
[-2]
松山康久 7
3 15 アンシストリー 牡3 57 岡部幸雄 2:05.4 1/2 38.1 444
[0]
畠山重則 2
4 2 オースミシャダイ 牡3 57 松永昌博 2:05.4 アタマ 38.3 452
[-8]
武邦彦 16
5 7 ワンダーナルビー 牡3 57 田村正光 2:05.6 1.1/2 38.1 472
[-4]
久恒久夫 4

北海道の道営競馬からやって来た野武士ドクタースパート。転厩初戦となった京成杯3歳S(現京王杯2歳S、GII)をいきなり勝利し、父ホスピタリティに続き、父仔2代の「地方から中央に移籍した初戦で重賞制覇」を遂げた駿馬は、道営出身馬として史上初の中央クラシック勝ち馬となりました。

平成元年の春における、現年齢表記3歳牡馬の中山競馬は、とかく雨と不良馬場に対する適正が問われたという感もあります。この第49回皐月賞もレース時には晴天でしたが、前日から当日の午前にかけての雨により、不良馬場での一戦でした。見れば掲示板に載った5頭は、いずれもダート競走の経験があり、その極め付きが上位2頭でした。ドクタースパートは上述の通り道営競馬出身であり、札幌ダート1200mの北海道3歳優駿(現北海道2歳優駿、JpnIII)を1分11秒8というレコードタイムで駆けました。そしてまた2着のウィナーズサークル(1986.4.10)。皐月賞戦前まで中山ダート1800mの未勝利戦と400万下の2勝。芝の未勝利馬が、メンバー中唯一の上がり3ハロン37秒台を繰り出しての2着。砂上の戦いをくぐり抜けて来た猛者どうしの決着となりました。

そうして、ドクタースパート。フジテレビの中継では堺正幸アナウンサーに「いやぁ、ビックリしました。ドクタースパートが直線一気にスパートを掛けました!!」と言わしめて、434kgの小柄な馬体を弾ませて、桃色の帽子に「緑、白星散、袖赤二本輪」の派手な勝負服をまとった的場均騎手、管理された柄崎孝調教師、馬主の松岡悟氏、生産の須崎光治氏、それぞれに中央クラシック初制覇をプレゼントしたのでした。

*

ドクタースパートは現年齢表記2歳時に札幌ダート1200mをレコードで駆けましたが、現年齢表記4歳の暮れには中山芝3600mをレコードで駆けたという、稀有な馬でした。条件が違いすぎまっせ^^;

1990年の第24回ステイヤーズS(GIII。中山芝3600m)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 上り
3F
馬体重
[前走比]
調教師
1 10 ドクタースパート 牡4 56 的場均 3:45.6レコード 36.7 462
[+16]
柄崎孝 3
2 15 ミスターアダムス 牡5 54 本田優 3:45.6 クビ 36.3 466
[0]
星川薫 1
3 7 ハッピーシャトー 牡6 52 横山典弘 3:45.9 1.3/4 36.5 456
[+2]
飯塚好次 9
4 11 ノースシャトル せん6 49 田中勝春 3:46.1 1.1/2 36.4 444
[-2]
高橋祥泰 12
5 14 ローゼンリッター 牡4 54 中野栄治 3:46.2 1/2 37.0 432
[-2]
矢野照正 11

道中中団待機から残り3ハロンを切ったあたりで一気にスパート。的場騎手の思い切った攻めの騎乗に応えて、ドクタースパート。1番人気の関西馬ミスターアダムスの追撃を「クビ」だけ抑えきったところが決勝点でした。そうして刻まれた中山芝3600mの勝ち時計は3分45秒6。3000m超の長距離GIIIの鬼だったスルーオダイナ(1984.5.6)が持っていた3分46秒3を0秒7更新する、堂々のレコードタイムでした。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。

*

[ドクタースパート(1986.4.29)の主な競走成績]

  1. 皐月賞(GI)、京成杯3歳S(GII)、ステイヤーズS(GIII)、北海道3歳優駿
  2. スプリングS(GII)

通算18戦7勝、2着1回、3着1回。