中島国治氏関連馬(其の玖)-ダイセキテイ(1979.4.1)-

ダイセキテイ 牡 鹿毛 1979.4.1生 青森・タケミファーム生産 馬主・(株)新元観光 美浦・藤原敏文厩舎

ダイセキテイ(1979.4.1)の4代血統表
ハードツービート
鹿毛 1969
種付け時活性値:0.25
ハーデイカヌート
青鹿毛 1962
ハードリドン
黒鹿毛 1955
Hard Sauce 1948
Toute Belle 1947
Harvest Maid
鹿毛 1949
▲Umidwar 1931
Hay Fell 1938
Virtuous
鹿毛 1962
Above Suspicion
鹿毛 1956
Court Martial 1942
Above Board 1947
Rose of India
鹿毛 1955
Tulyar 1949
Eastern Grandeur 1945
クリチハヤノニ
黒鹿毛 1972.4.6
仔受胎時活性値:1.50
レベルコ
黒鹿毛 1964
種付け時活性値:1.75
Tanerko
黒鹿毛 1953.5.3
Tantieme 1947
La Divine 1943
Relance
栗毛 1952
Relic 1945
Polaire 1947
クリチハヤ
栗毛 1967.5.25
仔受胎時活性値:1.00
バルビエリ
栗毛 1961
種付け時活性値:1.25
La Varende 1949
Naurica 1954
クリマサル
栗毛 1960.3.17
仔受胎時活性値:1.50
クリノハナ
栗毛 1949.5.18
種付け時活性値:0.50
クリホマレ
栃栗毛 1953.3.31
仔受胎時活性値:1.50

<5代血統表内のクロス:なし>

ダイセキテイ(1979.4.1)の0の理論的総括
母父 祖母父 曾祖母父
ハードツービート
(Pharis系)
レベルコ
(Teddy系)
バルビエリ
(St. Simon系)
クリノハナ
(Blandford系)
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 母の何番仔?
レベルコ
(Man o’ War)
5.50
(No. 1-b セレタ系)
3番仔
(前年産駒なし後)

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[ダイセキテイの主な競走成績]

  1. 目黒記念(GII)、ダイヤモンドS(GIII)
  2. 日経賞(GII)

通算20戦5勝、2着2回。

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第34回ダイヤモンドS(GIII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 6 ダイセキテイ 牡5 51 小林常泰 3:21.8    512 藤原敏文
2 7 カミノスミレ 牝6 56 加賀武見 3:21.8 ハナ 438 中村広
3 4 アラナスゼット 牡8 56.5 増沢末夫 3:22.4 3.1/2 452 森安弘昭
4 3 アメリカンサム 牡6 54 菅野昭夫 3:22.8 2.1/2 506 富田六郎
5 1 ダイカツキング 牡4 52 的場均 3:22.8 ハナ 434 柄崎義信

1984年の第34回ダイヤモンドS。「ダイヤモンドは4月の誕生石なのに、なんで冬に行われるの?」と、競馬を見始めた時に不思議に思ったものです。そんなダイヤモンドSが、4月開催から1月から2月の開催に移行した最初の回が、日本中央競馬会でグレード制が導入された初年である1984年。これまた懐かしの施行距離である中山芝3200mの一戦、ハナ差の決着を見せたのは、青森県のタケミファームを故郷に持つ2頭。ダイセキテイとカミノスミレ(1978.4.30)

#余談。中山芝3200mといえば、私が競馬を見始めた頃は、ブラッドストーンSがまだ中山芝3200mで行われていました。オープン特別の芝3200m戦なんて、現在では絶対に行われないですね……。そんなブラッドストーンSも、いまや中山ダート1200mの準オープン。中山芝3200m、中山芝2200m、中山芝1600m、そして中山ダート1200m。あまりに慌ただしい施行条件の変遷ですが、たった1回ずつだった中山芝2200mの勝ち馬がエルウェーウィン(1990.2.24)、中山芝1600mの勝ち馬がブラックホーク(1994.5.14)でした。

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第98回目黒記念(GII)の結果(上位5頭。馬齢は現年齢表記に合わせる)


馬名 性齢
騎手 走破
時計
着差 馬体重 調教師
1 8 ダイセキテイ 牡5 53 小林常泰 2:36.2    508 藤原敏文
2 10 ウィンディシャダイ 牡4 54 加藤和宏 2:37.0 5 450 二本柳俊夫
3 2 ウエスタンジェット 牡7 57 大崎昭一 2:37.2 1.1/4 456 柴田欣也
4 7 ダイナカール 牝4 56 安田富男 2:37.5 2 450 高橋英夫
5 3 エイティトウショウ 牝6 56 中島啓之 2:37.5 アタマ 504 奥平真治

1984年の第98回目黒記念。前走ダイヤモンドSを制し、勢いに乗って臨んだ東京芝2500mのハンデGII。目黒記念といえば、オールドファンにとっては、春と秋に1回ずつ行われる重賞として知られていましたが、グレード制の導入に伴い、年1回に改められました。その初回を制したのが、ダイセキテイ。軽ハンデ53キロも利して、ハンデ上位馬たちを尻目に、決勝点では2着のウィンディシャダイ(1980.1.25)に5馬身差を着けていました。

*

ダイセキテイについては、「血とコンプレックス」における、”形”の項目で名前が出て来たことを思い出します。

また、ハードツービートの仔で、目黒記念、ダイヤモンドSを勝ち唯一のステークス・ウイナーとなったダイセキテイという馬がいるが、これは私が配合した馬で、ハードツービートが0.25のときの種付けであった。やはりハードツービートの”形”は受け継いでいない。

-KKベストセラーズ、中島国治著「血とコンプレックス」、P278より引用-

唯一のステークス・ウイナーというのは誤りですが、それはさておき、4世代の父のうち、種付け時活性値が最も高い「1.75」の最優性先祖が母父レベルコで、”形”の対象はMan o’ War(1917.3.29)と判断しました。Match(1958)、Relko(1960)、Reliance(1962.4.11)という1960年代の名馬3頭の弟であるレベルコは英国産ですが、母父に米国産のRelic(1945)を持ち、Relic経由で米国の至宝Man o’ Warの”形”を受けた、というところです。

  

それでは、これから走る馬、人すべてに幸多からんことを。